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フランス・ギャルと一緒に


by gall gall
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カテゴリ:ギャルの恋人( 8 )


クロード・フランソワ 4


またまたギャルとクロード(クロクロ)の新しいツーショット写真があったので、アップします。

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この写真のクロクロはなんだか貧相ですねー。左の男の方がカッコいい。

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前に紹介したクロードの誕生日の時の別スナップですね。
クロクロって9歳もギャルより年長なのに、弟みたいな童顔ですねー。


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このギャルはどう見ても70年以降のギャルにしか見えません。
とっくにクロクロとは破局しているのですが、二人の笑顔やギャルの肩を引き寄せるクロクロの手の強さは一体なんなんでしょうねー。


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by gall_gall | 2018-03-08 11:19 | ギャルの恋人 | Trackback | Comments(0)

ギャルとミッシェル・ベルジェは1976年に結婚します。
今回はギャルと出会う以前のベルジェの楽曲を紹介します。
ピアニストの母から音楽の手ほどきを受けたベルジェは、レイ・チャールズに触れたことがきっかけで音楽の道を進むことを決意したそうです。

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16才の時にパテ・マルコニ主催のオーディションがきっかけでデビューを果たします。
では、デビュー曲の「Tu n’y crois pas」です。リリースは63年、ベルジェ16歳の時です。
実はギャルとベルジェは同じ47年生まれで、デビューも同じ63年なのです。



やはり声は幼いですね。瞼が半分閉じた眠たそうな楽曲です。
次は64年の「Partout」です。ジュークボックスから流れてそうな軽快なポップスです。
なんだか田原俊彦が歌っていそうな感じで、ベルジェってアイドル路線だったんですね。



さらに、65年の「Jim S’est Pendu」です。ゾンビーズやアニマルズの影響なのか、ブルージィーなオルガンがフューチャーされて大人っぽくなっていますが、正直なところ、声質や歌唱がパッとせず、歌手には向いてないと思います。



そして、ベルジェ自身もコマーシャルな音楽を歌わされることに嫌気がさしたらしく、 67年からはステージを降り作曲活動に専念します。
そして、71年にリリースしたのが、この「Puzzle」です。



お母さんのテコ入れが相当にあったのか、血の滲むような修練があったのか、いずれにしろ、成長というよりはもう別人です。もう歌っていませんし、キース・ジャレットのソロアルバム「Facing You」みたいです、または小沢健二の「毎日の環境学」みたいな変化です(笑)
でも、個人的にはすごくお気に入りです。


そして、ベルジェの音楽はさらに変化を続けますが、それは次回へ繰り越します。

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by gall_gall | 2017-11-26 16:28 | ギャルの恋人 | Trackback | Comments(0)

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ギャルの最初の恋人クロード・フランソワは今でいうDVオトコでした。
年長で芸歴も長いクロードはデビューしたばかりのギャルを、意のままに操り支配下におきました。
そして、ギャルが売れて人気アイドルになると、同業者の嫉妬がメラメラ、難癖をつけてギャルを傷つけるようになりました。
67年、ギャルは逃げるようにクロードの元を去り、二人は破局しました。おたがいに傷心だったものと思います。

その後、ギャルはクロードとは真逆タイプのジュリアン・クレールとつきあい始めますが、今度はギャルがクロードのような立場になって後輩のジュリアンに芸能界のイロハを教え、ジュリアンがヒットを飛ばしてスターになると、ギャルはその成功に嫉妬するからクロードのことを悪くは言えません。

で、クロードの方は、破局から間をおかずに、ファッションモデルのイザベル・フォレと出会い、すぐに結婚します。
そのイザベルですが、上の写真を見てもわかるように、まさにギャル似、ブロンドの長髪で童顔のロリータ、そのまんまです。

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その男心、わかります。たいていの男はそうです。引きずるんです。
イザベルも元カノのギャルのことは知っていたはずだから、引っかかるものがあっただろうし、周囲も肩をすくめたはず。
ただ、そこは女の強いところ、イザベルは二人の男の子を年子で産み、クロードを良きパパに仕立て上げていきます。


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最後にクロードとイザベル、そして、幼い二人の息子たちの貴重な動画をアップしておきます。
まるで双子のような息子たち、イザベルから受け継いだキレイなブロンドが天使を思わせます。





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by gall_gall | 2017-08-04 21:36 | ギャルの恋人 | Trackback | Comments(3)

クロード・フランソワ 3


ギャルとクロードの新しいツーショット写真があったので、アップします。

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左にギャル、右に歌手のミッシェル・トォーです。まさに両手に花ですね〜

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クロードの誕生日を祝うギャルとクロードの母親の仲睦まじさがなかなかです 037.gif

幼い頃のクロードは母のショウファによってバイオリンやピアノの英才教育を受けていたおかげで音楽の素養が身につきました。
映画「最後のマイ・ウェイ」でも描かれているように、イタリア人だった母は陽気で愛情深いのですが、ひどいギャンブル依存症でクロードを困らせていましたね。
でもこのクロードのお墓の写真を見ればわかるように、母と息子の絆は最強みたいですね 079.gif

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by gall_gall | 2017-02-27 12:14 | ギャルの恋人 | Trackback | Comments(0)

クロード・フランソワ 2


ギャルの最初の恋人がクロード・フランソワだったことは「ギャルの恋人」のところで紹介しましたね。
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二人が別れたのは67年です。
破局の原因はクロードが暇な時にギャルが思い通りにならないと逆上し、ギャルをしょっちゅう泣かせていたとのこと、今でいうDVやモラハラだったみたいですね 008.gif

で、この動画はその67年5月27日のテレビ番組のものです。



この時点が二人はもう別れていたのか、まだ続いていたのか、それはわかりませんが、いずれにしろ末期的なズタボロの関係だったことは間違いありません。
ギャルもクロードも互いの顔に視線は向けても、目を合わせることを避けているようなところが見受けられますが、それが照れなのか、気まずさなのか、どっちなんでしょうね 077.gif

それにしても、このオジさん(映画俳優のモーリス・ビロー)のよく喋ること!
おかげで、となりのギャルの表情がよけいに虚ろに見えてきます。


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by gall_gall | 2016-10-27 17:23 | ギャルの恋人 | Trackback | Comments(0)

France Gall et Michel Berger
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ギャルの三番目の恋人は後に夫となるミシェル・ベルジェ(歌手・作曲家・プロデューサー)です。
ベルジェはパリで1947年(ギャルと同い年)、医学博士の父とピアニストの母との間に誕生。16歳でデビュー、70年に歌手のヴェロニク・サンソンと公私にわたるパートナーとなりますが、彼女は米国に去ります。失恋の痛手を音楽で紛らわすように、73年にフランソワーズ・アルディ、自分のソロ、そして74年からギャルへの楽曲提供・プロデュースを始めます。

実はミシェルとギャルとは60年代から顔見知りでしたが、会話を交わすほどの仲ではありませんでした。74年当時のギャルは恋人のジュリアンと破局し、歌手としてもとっくに忘れられた元アイドル歌手となっていました。なんとか歌手として起死回生をはかりたいギャルは、ベルジェの才能に惚れこんで自分の歌の制作を依頼します。が、ベルジェは初めはあまり乗り気ではなかったらしいです。ギャルがそれまで歌ってきた歌はベルジェが作る歌とは全く違ったイメージの作品だったし、ギャルの復活は容易な仕事では無いと、ベルジェ自身思っていたからです077.gif
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ところが、74年にベルジェの手による初のシングル「La Declaration d’Amour」(愛の告白)がヒットし、翌年、アルバム『France Gall』がリリースされ4曲のシングルヒットが出たことでギャルは見事復活を果たし、ベルジェは自信を持ちます。

思うに、ベルジェ自身は歌手としてはイマイチなんです、ルックスもクロクロやジュリアンに比べると地味で面白味がないんです。でも作曲家としてはすごい才能ですね079.gif キャッチーなメロディを、美しいバラードを、そしてなんといってもファンキーなリズムをギャルの歌に持ち込みました。これでもともとジャズシンガーになりたかったギャルは初めて満足と納得のいく等身大の表現ができたのです。ベルジェにとって良かったのは、ギャルの個性的な歌声を得たことで裏方に徹することができたことですね。
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76年、私生活でも恋人同士となった二人はパリ16区の区役所で結婚式を行います。子供も女の子と男の子の二人をもうけます。プライベートも音楽活動もいつも一緒です。典型的なおしどり夫婦と思われますが、やはり小さないざこざはあったみたいで、とくにギャルの気の強さは子供を持ってさらに強くなったんじゃないでしょうか、ベルジェはフランソワーズ・アルディに時おり電話して小言を聞いてもらっていたそうです030.gif

92年、二人は初めてのデュエットアルバム『Double Jeu』発表しますが、この後、ベルジェは友人とテニスを楽しんだ直後に心臓発作に倒れ、帰らぬ人となります、享年45歳でした。ギャルの悲痛はいかほどだったでしょう007.gif

動画を紹介します。1曲目はベルジェのソロでの代表曲です。ベルジェお得意の跳ねるリズムがいっぱいです。


2曲目はミュージカル・コメディー「Emilie ou la petite sirene 76」での二人の共演です。



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by gall_gall | 2015-07-18 10:54 | ギャルの恋人 | Trackback | Comments(2)

"France Gall et Julien Clerc"
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ジュリアン・クレールは1947年パリ生まれの良家の子息で、ソルボンヌ大学在学中に歌手活動を開始します。ロックミュージカル「Hair」のフランス版の主役に抜擢され、「黒髪のアポロン」と称される甘い容姿と独特の歌いぶりはたちまちのうちに女性ファンの心をとりこにしてしまいます。71年にギャルと出会ってつきあいはじめます016.gif
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ギャルの評伝によると、ギャルは同じ年齢だけど遅れて歌手デビューしたジュリアンに芸能界のイロハを教えながら、ジュリアンを成功させようと世話女房みたいに尽くします。その反面、ジュリアンがヒットを飛ばして大スターになると、ギャルはその成功に嫉妬を焼いたりします。
ジュリアンは家庭を持ちたがっているギャルにプロポーズをすることはなく、それどころか、友人たちをたくさん招いてのパーティーの時に,料理を運んできたギャルにジュリアンの心ないひと言が飛んできます、Ah, voilà l'ancienne chanteuse! 「やあ,待ってました,元歌手さん!」007.gif

ジュリアンは74年にギャルと別れた後、女優のミュウ=ミュウとつきあって同居、85年には騎手ヴィルジニ・クプリと結婚、現在は映画監督のエレーヌ・グレミヨンと住んでいます。ギャル以外の女性とは全員子供をもうけています。マスコミに派手に登場はしなくても根強いファンを持っているジュリアンは若い時分より中年になってからの方が好感です。

私のお気に入りを2曲アップしておきます。1曲目「もし僕たちが歌うなら」はギャルとつきあっていた頃のもの、2曲目「女性たちよ、愛しています」は90年代のジュリアンです。




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by gall_gall | 2015-07-08 09:11 | ギャルの恋人 | Trackback | Comments(2)

"France Gall et Claude François"

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ギャルの最初の恋人はシャンソン歌手のクロード・フランソワ(Claude François)です。

クロードはギャルのアイドル絶頂時だった17〜20歳の時(1964〜67年)の恋人です。ギャルの初めての男性ですね〜。

62年に成功をおさめスター歌手になっていたクロードは当時25歳の分際で芸能界の暴君のようでした。新人のおぼこアイドルだったギャルにすぐ手をつけたようで、自分が暇な時にギャルが思い通りにならないと逆上し、ギャルをしょっちゅう泣かせていたとのこと、今でいうDVやモラハラだったみたいですね〜007.gif

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ギャルと別れた後もクロードはギャルが低迷していくのを尻目に成功を続けました。なんとフランク・シナトラの代表曲「My Way」はクロードのヒット曲「Comme d'Habitude」をカバーしたものです。世界的にはシナトラのオリジナルの持ち歌と認知されているのが悔しいですね〜




クロードは死後30年を経た現在でもフランスでは絶大な人気を誇るスーパー・スター、下の写真はギャルと8年ぶりに再会したクロードのテレビショー(1975年)でのスナップです。

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その死は、39歳の時(1978年)に入浴中に浴室の電灯が故障し、それを直そうとして感電死したというから、カッコイイですねー079.gif

クロードの楽曲のなかで、これなんか好きですね〜、あいかわらずやりたい放題 笑



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by gall_gall | 2015-07-05 12:18 | ギャルの恋人 | Trackback | Comments(2)