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by gall gall
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2019年 05月 04日 ( 1 )



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ギャルのライバルシリーズにおいて、あえて出し惜しみしていた大物ライバル”フランソワーズ・アルディ”をいよいよとりあげます。
アルディの楽曲はいわゆるシャンソンといったものではありませんが、ポップスにしてはフランス語の響きが強く耳に残るものが多いという印象です。
それから、パリの下町や裏通りといった観光地化されていない生のパリの空気を強く感じさせてくれるのも魅力です。
こういうのはおそらくアルディがシンガーソングライター(自作自演)であるからかもしれません。音楽職人によってつくられたギャルやヴァルタンなどのアイドル達とは大きく一線を画すところだと思います。

楽曲のメロディが持つ下町のパリジェンヌ的雰囲気は格別だし、内省的な訥々とした歌い方はパリ大学で哲学でもかじってそうな女学生みたいだし、長身長髪のモデル体型はモノクロのヌーヴェルヴァーグ映画に出てきそうな佇まいだし、もう等身大のパリジェンヌというものを他の誰よりも強く意識させてくれるのが、フランソワーズ・アルディなのです。

アルディは1944年生まれでパリ9区ドマル通り界隈の出身です。
貧困層の母と上流階級の父の間に私生児として生まれた彼女は、さまざまなトラウマや葛藤の中で少女時代を生きたようで、自伝によると、幼い頃は母親から「おまえは可愛くないのだから」と言われ続けて育ったそうです。あのどこか体温を感じさせないアンニュイな雰囲気とパリの街の喧騒に身を潜ませているような身のこなしは、そういう生い立ちから来ているのかもしれませんね。

アルディは成長と共に音楽への興味を持ち、1961年にバカロレア(中等教育レベル認証の国家資格)合格のお祝いとして、ギターを買ってもらうと、すぐにいくつかのコードを覚え、作曲を始め、パリの小さなクラブに顔を出すようになりました。


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その年、レコード会社「Vogue」のオーディションを受けますが、すぐに契約には至らず、レコード会社は歌のレッスンを受けることを勧めました。彼女は音楽学校「Petit conservatoire de la musique de Mireille」へ通い、秋に「Vogue」から契約のオファーを受けました。

そして、いよいよ1962年に「男の子女の子(Tous Les Garçons Et Les Filles)」でデビューします。
では、そのデビュー曲を聴きましょう。





ねえ、もろヌーヴェルヴァーグしてるでしょう笑。
このEPはその年のフランスだけで50万枚を超える売り上げを記録し、英語、ドイツ語、イタリア語バージョンでもレコーディングを行いました。

次は63年の「Une fille comme tant d’autres」はオルガンがカッコいいですよ。
同じ63年の「Le Sais Tu?」はギターで作曲をしている彼女らしさがにじみ出ている楽曲です。








次は65年の「La Maison ou j'ai grandi」です。あきらかにスウィンギング・ロンドンをイメージした演出なので、アルディもミニスカートです。





67年にアルディ自身のプロダクション会社「Asparagus」を設立します。この会社名はスリムな体形から彼女が「l’endive du twist:ツイストのエンダイブ(野菜の一種)」と呼ばれていたことにちなんでいるそうです。
ここからリリースされた楽曲を2曲紹介します。

後年のジェーン・バーキンを彷彿とさせる「Voilà」(アルディの自作曲の中でこれが一番好きです)、日本でもヒットした67年の「もう森へなんか行かない」です。なんかすごく思わせぶりな邦題ですが、原題の直訳は「私の青春は行ってしまう」というもので、歌詞の一部に「もう私たちは森へ行かない すみれを探しになんか 今日は雨が降っているから 私たちの足音は聞こえない」とあります。








さらに翌68年の大ヒット曲「さよならを教えて」ですが、あまり好きな楽曲ではありません。これは元々マーガレット・ホワイティングが“It hurts to say goodbye”としてパフォーマンスしたもので、あのセルジュ・ゲンスブールが新しくフランス語の歌詞を書いたものですが、それにしてはやけにゲンズブール節が全開していますね笑。





というわけで、世界的に見ても女性シンガーソングライターの先駆けであり、60年代の生粋のパリジェンヌの象徴とまでなったフランソワーズ・アルディでした。


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by gall_gall | 2019-05-04 00:36 | ギャルのライバル | Comments(0)