1月7日はフランス・ギャルの昇天日(命日)でした。
生前中、ギャルはたびたびここを訪れては休養していたそうです。
ギャルはカトリック信者なので、追悼ミサを親族や友人らが行ったものと思われます。
ネット上にはギャルを偲ぶものがアップされているので、いくつか紹介します。
ギャルのお墓はパリはモンマルトル墓地の29区画にあります。ご覧のとおり、92年に亡くなった夫のミシェル・ベルジェと97年に難病で亡くなった娘ポーリーヌとともにギャルも埋葬されています。
このお墓は全面ガラス張りというもので、個性的な形状の墓石が多いモンマルトル墓地の中でもひときわ目立っています。
そして、このように昇天日前後からお墓をぐるりと囲むように供花がそなえられています。
ここで話は変わります。
これはオンフルール市のVasouyにあるギャルのセカンドハウスの門扉です。
70年代後半に建築家だったベルジェの兄が改修したもので、家の様子はわかりませんが、写真を見るからに相当広い屋敷のようです。
門扉には「Clos Saint-Nicolas」という表札がかかっています。
以前、ここを立ち寄って呼び鈴を鳴らした人の話によれば、誰も住んでいる気配のない雰囲気だったのこと。
ギャルの唯一の家族である息子のラファエルによって管理されているのでしょうか?
ひなびた農村地帯のようで、すぐ近くには、海岸があります。
ギャルに出会った地元の人によれば、「彼女はVasouyにはひっそりと訪れて目立たないようにしていたが、思いやりのあるとてもチャーミングな女性だった。他方、2014年に彼女は地方選挙のためにオンフルールの選挙人名簿に登録して、候補者のAlain Astresse氏を応援していた」そうです。
この方です。